海野十三 怪塔王
日本におけるSFの始祖となった小説家。本名は佐野昌一。徳島市の医家に生まれ、早稲田大学理工科で電気工学を専攻。逓信省電気試験所に勤務するかたわら、1928(昭和3)年、「新青年」に『電気風呂の怪死事件』と名付けた探偵小説を発表して小説家としてデビュー。以降、探偵小説、科学小説、加えて少年小説にも数多くの作品を残した。太平洋戦争中、軍事科学小説を量産し、海軍報道班員として従軍した海野は、敗戦に大きな衝撃を受ける。敗戦翌年の 1946(昭和21)年2月、盟友小栗虫太郎の死が追い打ちをかけ、海野は戦後を失意の内に過ごす。筆名の読みは、「うんのじゅうざ」、「うんのじゅうぞう」の二通りが流布している。丘丘十郎(おか・きゅうじゅうろう)名でも作品を残し、本名では電気関係の解説書を執筆している。
怪老人
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怪塔王(かいとうおう)という不思議な顔をした人が、いつごろから居(い)たのか、それは誰も知りません。
一彦(かずひこ)とミチ子の兄妹(きょうだい)が、その怪塔王をはじめてみたのは、ついこの夏のはじめでありました。
そこは千葉県の九十九里浜(くじゅうくりはま)というたいへん長い海べりでありました。一彦は中学の一年生であり、ミチ子は尋常(じんじょう)の四年生でした。二人は夏休がはじまると、まもなくこの九十九里浜へまいりました。
二人はたいへんふしあわせな兄妹で、小さいときに両親をうしないました。そののちは、帆村荘六(ほむらそうろく)という年のわかいおじさんにひきとられ、そこから東京の学校にも通わせてもらっていました。
帆村荘六というと、ご存じのかたもあるでしょうが、有名な青年探偵です。帆村探偵という名は、きっとどこかでお聞きになったでしょう。荘六おじさんは機械のことになかなかくわしい人です。理学士だそうですからね。
荘六おじさんは、夏休をむかえた兄妹を、この九十九里浜にある別荘へ遊びにやってくれました。
